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本丸跡だったかな!?
城址碑
歴史
■佐多氏の城
 もとは平氏が郡司として知覧一帯を治めていたが、南北朝の動乱期に平氏は没落し、知覧には新たに文和2(1353)年、島津忠宗の3男、佐多忠光が足利尊氏より知覧領を与えられ、入部した。以来、佐多氏の代々の居城として知覧城は整備されるが、天正19(1591)年、11代当主久慶のとき、羽柴秀吉の怒りをかい、久慶は川辺宮村に領土を移され、また城はその後火災にあい廃城となった。

大谷メモ
■多数の郭群
 本丸、蔵の城、弓場城、西之拵などの各郭が空掘底の通路により連絡され、一城を形成している。それぞれの郭は一つの城として独立しているのが特徴で、各郭には土塁や虎口等の遺構を確認することができる。
 なお知覧城に関する資料(縄張図)が知覧町役場にて配布されていますので、その資料を片手に城内を散策すると城の構造がよくわかるので、役場でもらわれることをオススメします。

周辺スポット
■知覧武家屋敷
 知覧といえば城というより麓の武家屋敷群が観光地としてもメジャーではなかろうか。町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、今でも往時の姿を良くとどめる。また武家屋敷に残る7つの庭園が名勝に指定されており、その見事な作庭ぶりはそれぞれが実に個性的で観る者を圧倒する。
■知覧特攻平和会館
 かつては特攻機地として知れ渡った知覧。現在はその歴史的顕彰から記念館が建設されている。資料館内には特攻隊員の遺品など、まつわる品々の数々が展示されている。平和の有難さを忘れてしまった現代人たちには是非見学してもらいたいスポットである。

基礎データ
@鹿児島県知覧町永里城内 A鹿児島本線鹿児島中央駅下車バス B空掘、郭群、土塁ほか
風景スケッチ
発掘中! 遺構の1つ。 通路となっている 鹿児島の小京都
蔵の城 土坑 空掘址 武家屋敷の町並み

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